事件のたった2人の生き残りである夏淑琴さん(当時8歳)は、マギー牧師に対して事件の概要を語りました(『ドイツ外交官の見た南京事件』p176~p177)。 その時のテーマは、「過去の克服―日本とドイツ」で相変わらずドイツ代表は、日本軍がアジア諸国で犯した蛮行をホロコーストと同一視し、英国代表は、捕虜虐待を、米国代表は、生体実験や南京事件を持ち出すなどして日本を攻撃非難した。 ⑥『南京事件資料集② 中国関係資料編』(1992年) ⑦『南京戦史資料集Ⅱ』(1993年) ⑧『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』(1996年) ⑨『資料 ドイツ外交官の見た南京事件』(2001年) 当時、日本軍占領下の南京に留まったドイツ外交官ゲオルク・ローゼンの報告書によれば、虐殺そのものは数週間で下火になったが、強姦事件は翌年三月ごろまで散発的に続いた。その被害者総数は二万人 … なぜドイツで取りあげたのかは明らかだ。ユダヤ人殲滅を目的としたホロコーストに対しドイツは謝罪したが、それにひきかえ反省しない日本を批判するとともに、南京事件をホロコーストと同じものと思 … 昭和12年(1937年)12月の南京事件の当時、南京に近い上海に駐在し、日中戦争を取材していた米国人記者が書いた著書に、同事件に関する「虐殺」をうかがわせる記述が全く無いことが、12日までに分かった。 ドイツ外交官の見た南京事件 : 資料: 主題: 南京事件: 分類・件名: ndc8 : 222.075 ndc9 : 222.075 bsh : 南京事件: 注記: 編集協力: 笠原十九司, 吉田裕 その他の執筆: 田嶋信雄: タイトルのヨミ、その他のヨミ: シリョウ ドイツ ガイコウカン ノ ミタ ナンキン ジケン 「南京事件」当時、日中戦争を取材 米記者の著書に虐殺の記述なし. ・「南京大虐殺のとき25万人助けてくれた」…コロナ事態受けてドイツに恩返しする中国 南京大虐殺のときに中国人25万人の命を救ったドイツ人の子孫が新型コロナウイルス感染症(新型肺炎)に関連し、中国に助けを要請したと中国メディアが報じた。 南京事件調査研究会『南京大虐殺否定論13のウソ』柏書房、1999年 isbn 978-4760117840; 石田勇治・笠原十九司・吉田裕『ドイツ外交官の見た南京事件』大月書店、2001年、isbn 978-4272520640; 関連項目. 南京事件は、1937(昭和12)年12月、南京に入った旧日本軍が以降3か月にわたる軍事占領の間に、最大で30万人を組織的に虐殺したとするものだ。 氏は虐殺がなかったことの決定的証拠として、わかり易い事例を特派員らに紹介した。 Amazon.com で、資料 ドイツ外交官の見た南京事件 の役立つカスタマーレビューとレビュー評価をご覧ください。ユーザーの皆様からの正直で公平な製品レビューをお読みください。 南京事件とは… 南京事件は、1937年(昭和12年)12月に日本軍が中国の南京市を攻略した際に発生した捕虜の不法殺害と、強姦・掠奪・殺傷など市民への暴行のことをいう。南京市は上海の西約300kmにあり、当時は中華民国の首都だった。 事件当時、南京にあったドイツ大使館は本国政府に「日本軍は殺人マシーンとなって市民を殺害している」という報告書を提出しているが、江崎は、ソ連のスパイだったリヒャルト・ゾルゲがこの報告書に関与していた疑いがあると述べている 。 南京ドイツ人財産の運び出し ローゼン . 資料13 添付書類 一九三八年ー月六日付駐華ドイツ大使館報告代十一号に添付 一九三八年一月一日ドイツ通信社(漢口)より入手 文書番号二七二二/一一〇六/三八 内外で今も議論を呼ぶ南京事件を、ドイツ人監督が南京安全区国際委員長のドイツ人、ジョン・ラーベの視点から見つめ直す作品。1937年12月、日中戦争の最中、日本軍は南京へ侵攻し陥落させる。 (「ドイツ外交官の見た南京事件」P89) <追記> (2003.7.25) 「南京事件資料集 2 中国関係資料編」にも、同じ趣旨の記事が紹介されていましたので、追記します。 支独合作vs日本という構図。画像は石田勇治著、笠原十九司著、吉田裕著、田嶋信雄著『資料 ドイツ外交官の見た南京事件』からで、土下座強要派もこのような史観を持っているという点に注意すべき。ですので、ぎよみどん-hinyata殿の情報は重要なのですな。 『資料 ドイツ外交官の見た南京事件』 P218~221. 問6 「南京事件」に対して、日本政府はどのように考えていますか。 日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。 報告 駐華ドイツ大使館(漢口)宛、発信者-ローゼン(南京) 一九三八年三月七日付南京分館 文書番号五七一九/二一一一/三八 写し一 南京事件の否定派からは南京の人口は20万人ほどであり、「30万人はありえない」という主張が多く見られる。 しかし、そのような主張は30万人という数字を否定しているのであり、虐殺の存在自体は否定できないという批判もある。 南京事件70周年(2007年)に合わせて、世界中では南京事件に関する映画作品が 多く作られました。しかし、日本ではそのほとんどが一般公開されてません。私 たち「南京・史実を守る映画祭」実行委員会では、日本で上映されることが無 南京事件; 南京事件論争; 東京裁判 荒廃した南京での中国人を救おうと奔走し「南京のシンドラー」と呼ばれたドイツ人の日記が、歴史の封印を解かれた。「大虐殺」と「まぼろし」の間を揺れ動いてきた論争に絶大な影響を与えた、中立の第三者が記録した「南京事件」の真相。 『ドイツ外交官の見た南京事件』p44~p50.